
シーズン1
15 エピソード
1『エピソード1(1963-1986)』

1『エピソード1(1963-1986)』
1956年にシリング一家がフランスのモンジョワに土地を購入し、1963年にエル・ブリはレストランビジネスへの第一歩を踏み出す。1981年、ジュリ・ソレルが入店してレストラン・マネージャーに、その2年後にはフェラン・アドリアが入店してヘッドシェフに就任した。
2『エピソード2(1986-1991)』

2『エピソード2(1986-1991)』
1987年、フェラン・アドリアがシェフとして唯一残ることに。彼は古典料理や伝統料理方法を止め、彼独自の料理スタイルを追求し始める。フェラン・アドリアは自身の生活環境や産地、料理手法、ソースや薬味からインスピレーションを受け、奇抜な料理技術を開発していった。
3『エピソード3(1991-1993)』

3『エピソード3(1991-1993)』
土着の食材を主体とした料理を数年続けた後、エル・ブリは独自のスタイルを進み始める。それはアバンギャルドな料理と融合した、独創性を見いだすことだった。史上初の調理法が生まれたのだ。メニューの構成内容によりタパスがフィーチャーされた。また、デザートプレートも好まれたため、デザートメニューも一新した。
4『エピソード4(1994-1996)』

4『エピソード4(1994-1996)』
技術的で概念的なアプローチは、エル・ブリにとっての大きな転機となった。フェラン・アドリアと彼のチームが新たな技術や構想を研究することで、膨大な数のレシピが考案された。甘味と塩味の共生が導入されたことにより、「ディコンストラクション」と「ミニマリズム」が誕生する。
5『エピソード5(1996-1999)』

5『エピソード5(1996-1999)』
フェラン・アドリアのエル・ブリはその前衛的な料理でミシュランの三ツ星を獲得する。「キャラメル化」の新技術を開発したことで新しいペイストリー、温かいゼラチン、温かい泡、そして粉砂糖が生まれた。
6『エピソード6(1999-2002)』

6『エピソード6(1999-2002)』
独創的な手法の研究への投資により、大きな成果が生まれる。バルセロナでワークショップが立ち上げられ、後にエル・ブリの本部となるブリカルメンがオープンした。そこではメニューは廃止され、試飲と試食だけが残される。キッチンでは新しいパン粉づけが開発され、炭酸飲料をつくるためにソーダサイフォンが利用された。
7『エピソード7(2003-2005)』

7『エピソード7(2003-2005)』
エル・ブリは数多くの新しい手法を活用している。泡や球体化、液体窒素やフリーズドライ。モーフィング技術がメニューに登場し、工業デザインによってキッチンとテーブルが演出された。
8『エピソード8(2005-2007)』

8『エピソード8(2005-2007)』
この時期はフェラン・アドリアが出演している「Documenta12 art showcase」で紹介されている。2007年、50年代後半のエル・ブリの歴史に欠かせない存在である設立者、マーケッタ・シリングが87歳で死去する。
9『エル・ブリの一日』

9『エル・ブリの一日』
コックやウェイター、そして食事をしにきた人々にカメラが密着し、明け方から最後の客が帰るまでカメラが回る。このエピソードではエル・ブリの一日を描く。また、映画「El Bulli: story of a dream(原題)」ではエル・ブリの歴史を切り詰めて紹介している。
10『エピソード10(2007-2009)』

10『エピソード10(2007-2009)』
エル・ブリとフェランの功績は料理界に止まらず幅広い分野で讃えられている。英レストラン業界紙「レストラン(Restaurant)」での表彰のみならず、各種のデザイン賞や名誉賞を受賞した。また、フェラン・アドリアは「エル・ブリの一日―アイデア、創作メソッド、創造性の秘密(原題:A day at ElBulli)」を発表するために世界各地を回った。さらに、スペイン最高の料理研究機関「アリシア財団(Alicia Foundation)」が設立された。
11『エピソード11(2009-2011)』

11『エピソード11(2009-2011)』
レストラン「エル・ブリ」、最後の2年間。フェランとジュリはエル・ブリの変革を決意し、クリエイティブの中心地として2014年から再始動する方法を模索するために店を閉めることを2010年のマドリード・フシオンで発表する。アルベルト・アドリアはバルセロナで新たな挑戦を始めることを決意する。
12『ラストワルツ』

12『ラストワルツ』
2011年7月30日。“世界のベスト レストラン 50”において、世界一の座に5回輝いた「エル・ブリ」が、レストランとしての幕を閉じ、2014年に財団として生まれ変わることになった。「エル・ブリ」の数々の栄光を築き上げてきたオーナーシェフ フェラン・アドリアは、世界を代表する名シェフたちに囲まれた最後の大晩餐会を計画する。
13『エピソード13(2011-2014)』

13『エピソード13(2011-2014)』
パラウ・ロベルトで行ったレストラン「エル・ブリ」の展覧会をきっかけに、エル・ブリのレガシーを未来に残すためにエル・ブリ財団のプロジェクトを拡張することになる。フェラン、ジュリ、アルベルトは、引き続きエル・ブリの世界を深め、ガストロノミーとイノベーションを結びつける試みを始める。
14『エピソード14(2014-2017)』

14『エピソード14(2014-2017)』
3年間の取り組みののち、エル・ブリ財団は3つの柱に基づく目標を達成する。その柱とはサピエンス(エル・ブリ財団の方法論)、ラ・ブリグラフィア(訪問可能なアーカイブ)、そしてエル・ブリ1846(創造過程の効率性を研究し探究するためのカラモンジョイの施設)だ。
15『ドクメンタの記録』

15『ドクメンタの記録』
現代美術界における前衛料理の居場所について初めて考えるアーティスト、美術館館長、キュレーターたちの証言を集めた。












